三国志に登場する数々の名言たち

三国志は物語としても面白いですが、そこからは数々の名言が生まれています

多く存在する三国志の名言

三国志の名言は多く存在します。その出所は正史であったり、演義であったり、はたまたそれ以外の作品から登場した名言もあります。

今回はその中でも比較的有名なものを紹介していきます。

泣いて馬謖を斬る

街亭の戦いにおいて馬謖は作戦で大きな失態を犯し、諸葛亮に処刑されることになりました。馬謖は諸葛亮にとって弟子のような存在でしたが、諸葛亮は己の私情を抑えてこの決断を下しました。

これには組織が健全に活動していくためには情(心)よりも法(決まり事)を重視しなければならないという諸葛亮の信念が込められています。

これは現代にも通じるものがあり、裁く側の人間がもし私情で動いたとすれば、その組織や集団はたちまち健全な動きはできないと考えられます。

死せる孔明、生ける仲達を走らす

文献によっては孔明や仲達の名前が諸葛亮や司馬懿になっていたりしますが、基本的には同じ意味です。

五丈原の戦いにおいて、諸葛亮はその陣中で命を落とすことになりますが、彼が最後に建てた作戦は死してなお司馬懿に対して恐怖心をあおり、魏軍の追撃を退けることになります。

これも現代においては「亡くなった人が今もなお影響力を放っている」という意味の慣用句として扱われることがあります。

阿斗

阿斗とは劉禅(劉備の長男)のことであり、現代においては愚か者という意味を持っています。三国志の歴史を見ても劉禅は皇帝としての活躍を見せるどころか、黄皓を寵愛したことによって逆に国内を疲弊させる結果となりました。

諸葛亮、蒋琬、費禕といった頭の切れる人物をもってしても劉禅を支えられなかった・・・つまり、劉禅はそれだけ無能だったということです。

一体なぜ劉禅がこんな性格に育ってしまったのか、父である劉備の教育が悪かったのか、それとも別の原因があったのかなど、なぜ劉禅が無能だったのかははっきりとはわかっていません。

現代においては、「どうしようもない人」を遠回しに批判する意味を持っています。

七縦七檎(しちしょうしちきん)

七という数字を見てピンとくる人もいるでしょう。南蛮の戦いで生まれた名言です。

南蛮のまとめ役だった孟獲を攻めるときに、馬謖は「単に武力で攻めるだけではだめだ。心を攻めなければいけない」と諸葛亮に助言します。要するに、蜀が南蛮を完璧に平定するためには向こうから蜀に対して従わせるようにしなければいけないというのです。

これも現代に通ずるところがあり、たとえば立場が上の人が下の人に対して何らかの指示や物事をさせるときに、強烈なものの言い方をしても下の人は上の人に対して不満を持つだけです。

よい上下関係を築くためには下の人が自然に上の人に尊敬できるような形にするのが理想的だと言えるかもしれません

三国志には上の4つ以外にも様々な名言があり、それらは現代に置き換えても通用する部分が多いと言えるでしょう。1000年以上前の出来事で生まれた言葉が今もこうやって語られているのは、それが時代を変えても本質は変わらないからと考えられます。

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