もし○○が天下統一を目指すなら ~蜀編~

歴史の「もしも」を考えてみることも面白いかもしれません。今回は「蜀が勝つシナリオ」を(勝手に)考えてみます。

※この記事は歴史のIFを書いたものです。実際の出来事とは何の関係もありません。

蜀が天下を取るためには

蜀が天下を取り、劉備の悲願である漢室復興を成し遂げるためにはどうすればよいのでしょうか?

分岐点を208年からに設定

劉備にとって一番厄介となるのが曹操という人物です。しかし、官渡の戦い以前の劉備と曹操は一緒に食事をしたこともあり、「その時に曹操を倒せばいいじゃん」なんて突込みが入らないようにここは赤壁の戦いに勝利した208年以降の展開について考えていきます。

まずは地盤を固める

まず劉備がやらないといけないのは地盤固めです。諸葛亮から献策された天下三分の計を発動させるために荊州と益州を取る必要があります。ここらあたりは実際に起きた劉備の行動通りでよいと思われます。

益州攻略の決断を早めに出す

実際の劉備は益州の劉璋に曹操軍に対抗するために呼ばれることになります。

同行したホウ統はすぐに成都を落とすべきと進言しますが、劉備はこの決断を下すのに時間がかかってしまったため、結果的に劉璋に守りを固められ、ホウ統を失い、さらに荊州から諸葛亮や張飛などの強い援軍を呼ぶ結果となっています。

しかし、もし劉備が益州に招かれた時点ですでに成都を落とすつもりでいたならば、時間をかけずに、ホウ統を失わずに、さらに荊州から援軍を呼ばずに成都を落とせたかもしれません。特に雒城で劉循に1年以上も抵抗されたのは大きなタイムロスと言えます。

成都を落としたらすかさず漢中を落とす

劉備が速攻で成都を落とせたなら212年、遅くともまだ213年です。曹操が漢中を平定したのが215年ですので、成都で準備を万全に整えても曹操より先に漢中を落とせる可能性があります(もちろん、焦った曹操が漢中への進撃の時期を早める可能性もありますが)。

曹操軍が敵となるとなかなか勝つことも難しくなってきますが、張魯軍ならば少なくとも曹操軍を相手にするよりかは早く勝てる見込みがあります。ホウ統が生きていれば漢中攻略にどのような策を考えたのでしょうか?

もしうまくいけば214年~215年あたりで漢中を手に入れることが可能かもしれません。さらに、ホウ統の生存によって趙雲や張飛らは荊州に残ったままとなっていて、ここも一つのポイントと言えるかもしれません。

荊州を守り切れるか?

ここまで来ると、同盟を組んでいた呉が逆に魏と手を結んで対抗してくるということも考えなければなりません。漢中には劉備、ホウ統、馬超。そして荊州には関羽、張飛、諸葛亮、趙雲。

武将だけを見れば結構いい感じに見えるかもしれませんが、戦争となると兵力も重要となります。魏と呉両方から荊州を守りきることができれば漢室復興も夢ではなかったかもしれません。もちろん、諸葛亮あたりが外交力を発揮して呉との同盟を維持できればさらによい感じとなるでしょう。

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