諸葛亮の第4次北伐とライバルの登場

第4次北伐に赴く諸葛亮の戦いです。

諸葛亮のライバルが登場する

この時期になって曹真のもとに諸葛亮のライバルとも言うべき存在である司馬懿が赴任してきました。五丈原の戦いが有名であるためか創作物によっては街亭の戦いから魏軍に司馬懿が参戦しているものもありますが、司馬懿が諸葛亮とことを構えるようになったのは第3次北伐より後の話です。(ちなみに司馬懿はその前石亭の戦いで主戦場の石亭から離れてひっそりと荊州を攻めていました。)

そして、司馬懿が赴任してから魏軍による漢中への一斉攻撃が始まります。

諸葛亮はすぐさまこれに反応し、交戦します。この戦いは最終的に天候の悪化によって魏軍の撤退に終わりますが、ここらあたりからいよいよ諸葛亮と司馬懿という永遠のライバルともいえる二人の戦いが始まります。

第4次北伐

第3次北伐から様々な出来事を挟みましたが、いよいよ諸葛亮の第4次北伐が始まります。今回の進軍ルートは第3次で手に入れた領土から祁山を超えて再び街亭を通ろうとするルートです。

第2次北伐で起きた補給物資が切れるというアクシデントを防ぐために諸葛亮は木牛や流馬といった輸送を効率的に行う道具を開発し、戦に臨みます。

魏軍ももちろんこれに反応し、すぐさま防衛軍を派遣します。両軍は街亭よりも手前に位置する上?という場所でぶつかりました。

司馬懿、守りの戦いに徹する

この戦いにおいて、司馬懿はあまり攻撃的な戦は行いませんでした。蜀軍が攻めているのなら山にこもってひたすら耐え、蜀軍が退却しだしたら攻撃をし、また引き返して来たら山にこもる・・・という消極的な戦いを展開します。

部下たちももっと攻撃しないのかという不満がたまりますが、いざ出撃すると諸葛亮にボコボコにされたので再び山にこもる・・・こんな感じで戦闘は長期化していきます。もちろん、魏軍にとっては防衛戦なのでこの戦い方は間違ってはいません。むしろ、司馬懿は下手に攻撃することで余計な被害を出すことを嫌ったといえるでしょう。

諸葛亮は木牛や流馬がありますので補給物資が切れる心配は・・・ないはずだったのですが・・・

補給部隊を管理していた李厳の大失態

なんと、後方で補給部隊の管理をしていた李厳という人が諸葛亮への輸送を滞らせてしまうという失態を犯してしまったのです。補給物資が切れてしまった諸葛亮は残念ながら退却せざるを得ませんでした。

しかも、李厳はこの失態を何とかもみ消そうと皇帝の名で諸葛亮に撤退命令を出していたり、戻ってきた諸葛亮に対して「兵糧はあるのになぜ戻ってきた?」と諸葛亮に責任転嫁しだす始末となり、諸葛亮は怒って李厳の爵位を取り上げる事態となりました。

こうして、諸葛亮の第4次北伐は木牛、流馬という道具を使って補給線を強固にしようとしましたが、それを管理する人間のせいで失敗に終わりました(李厳もさぼっていたわけではないと思いますが、責任転嫁の問題を起こしたせいで諸葛亮からのイメージは悪くなります)

そして、その後第5次北伐・・・五丈原の戦いへと続きます。

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