五丈原の戦い その3 ~死んでいなかった諸葛亮~

なんと、諸葛亮は生きていました!

司馬懿、進軍する

要所にこもりながらずっと蜀の陣を眺めていた司馬懿ですが、長期戦が続いたある日、間諜から諸葛亮が死んだという知らせが耳に入ってきます。

それとほぼ同時期に五丈原に陣を構えていた蜀軍が次々と撤退していく様子も確認できました。

司馬懿は諸葛亮が死んだために退却を余儀なくされたと思いはじめ、今までこもっていた要所から初めて追撃を行う決断を下します。

蜀軍の混乱

退却する蜀軍ですが、魏延が反乱を起こして蜀軍の退却を妨害するという事態が発生します。結局魏延はこの反乱によって命を落とすことになりますが、司馬懿はこの知らせも聞いて「諸葛亮が死んだことによって蜀軍はかなり混乱している」と、もはや諸葛亮が死んだことを完全に信用するようになります。

諸葛亮無き蜀軍など、司馬懿にとっては簡単に勝てる相手です。司馬懿はさらに蜀軍を追撃していきます。

急に足が止まった蜀軍

しかし、退却していた蜀軍が急にその足を止めました。司馬懿は一体何事かと警戒します。そして相手の陣をよく見てみると・・・

何と、蜀軍の陣中の真ん中に堂々と諸葛亮がいたのです。過労でかなり弱っていると聞いていましたが、目の前にいる諸葛亮はそんな姿さえなく、司馬懿を堂々と見ているのです。

「ば・・・馬鹿な・・・諸葛亮は死んだはずでは・・・

い、いや・・・まさかこれは私をおびき寄せるための罠なのか・・・?

今まで過労で弱っていただの、病気で倒れたというのはすべて私をだますための演技だったのか!? それとも、奴は死すら操るというのか!!?」

敵は諸葛亮を中心に今にも司馬懿と事を構えようとしている勢いです。

諸葛亮が生きている・・・死んだと思っているのに生きている・・・もはや司馬懿は完全に我を忘れて後方に大きく逃げ続けます。「諸葛亮は生きていた!」・・・この時の司馬懿の頭にはこれしか考えられませんでした。

そして、無事に本陣に帰ってもその恐怖は収まらずに部下に対して「私の首はつながっているか・・・?」とおそるおそる尋ねるぐらいだったかもしれません。

もちろん、諸葛亮は本当に死んでいたし、生き返ってもいない

ここまでかなり話を盛ってみましたが、反転する蜀軍を恐れて司馬懿が退却をしたこと自体は正史にも書かれている本当のことです。

立ち止まって戦うそぶりを見せるというのは諸葛亮が生前に考えた策であり、部下がそれを実行したのです。これによって、蜀軍は大きな被害を出さずに退却することに成功しました。(魏延はやはり諸葛亮の読み通り反乱しましたが・・・)

死せる孔明、生ける仲達を走らす

死してなお、司馬懿を退却に追い込むというこの様子は「死せる孔明、生ける仲達を走らす」(創作物や文献によっては孔明の部分が諸葛になっていたりと若干ブレがある)という有名な台詞を生むことになりました。

この言葉は現代においては死亡した人が今なお影響力を与えるということのたとえで使われることが多いといえます。

司馬懿もまた、死亡した諸葛亮の影響を受けたのです。司馬懿はその後「生きている人の相手はできるが、死んでいる人の相手は苦手だ」と言ったといわれており、この出来事がのちの司馬懿にも大きなインパクトとして記憶に残り続けた可能性は高いと言えるでしょう。

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